[日朝実務協議]「政府は『北』の制裁も視野に入れよ」

わたしは北朝鮮に対する経済制裁には反対である.なぜなら,それは緊張をより高めるだけの効果しか持たないからだ.
わたしがわからないのは,経済制裁によってどうして拉致された人たちが帰ってきたり,北朝鮮の現在の体制が変わったりするのか,その理屈である.制裁を主張するこの社説にしろ,ブログ--それは,マスメディアの報道を「威勢のいい」言葉で繰り返しただけ--にしろ書かれていることは「けしからんから制裁だ」,これだけである.
制裁を主張する人たちは,北朝鮮金正日から一般市民までをひとまとめにしたうえで,北朝鮮と日本を経済の側面から見て「親に養われて生きている赤ん坊」というイメージでとらえているのではないだろうか.
この場合,親が子どもにごはんを与えなければ生きていけないので,「言うことを聞かなければごはんをあげないぞ」という脅しは効果を持つだろう.
しかし,北朝鮮と日本は経済面でそのような関係にはない.北朝鮮は自分が生きていくための手段を完全に他人に頼っている赤ん坊ではないのだ.
このたとえで言えば,高校生ともなればバイトするなりして,自分でお金を稼いだりできるように他の手段を見つけるだろう.日本政府が経済制裁を発動すれば,国内での経済政策はもとより,中国やロシアとの経済的なつながりを強めるなどして,なんとか切り抜けるだろう.そもそも,日本からの「贈与」(送金等は国際収支上の贈与にあたる)が北朝鮮経済全体に占める割合も定かではなく,何らかの対策をとる必要があるのかないのかすらわからない.以上の2つの点から言えば,日本政府だけが経済制裁を行っても北朝鮮経済への影響はあまりないし,北朝鮮政府は反発を強めるだけで,拉致問題の進展はもはや望めなくなるだろう.
それでは,日本だけではなく,国連などを通じて世界中で北朝鮮に対する経済制裁を行ったらどうなるのか?もちろん,今のところこれが現実になる可能性はないが.
イラクに対する国連の経済制裁からわかるように,これは金正日の権力を強めることにはなっても,弱める方向には働かない.
北朝鮮の現在の経済状況について,わたしはほとんど知識を持ち合わせていないが,自由化された部分があるとは言え,配給制度が完全に停止したわけではないだろう.逆に言えば,配給制度が完全に停止した状態というのは,わたしたちの経済と--そのレベルは大きく違うけれど--仕組みの面から言えば同じになってしまっていることを意味する.
配給に頼るということは政府に頼るということである.だから,政府に対する反抗的な態度は刑務所に入れられるなどの罰を受けるのみならず,生活手段の入手においても支障をきたすことになる.経済制裁が実行された場合には生活手段の入手において政府の果たす役割が大きくなることを意味するのだから,北朝鮮の一般市民は生きていくために今以上に政府に対して従順な態度をとらざるを得なくなる.
経済制裁は確かに効果を持つ.ただしそれは,金正日ではなく一般市民を現在よりもさらに苦しめるという形での効果だ.それは経済制裁の実行を待つまでもなく,飢餓で大勢が死んでいっている中で,金正日や政府高官だけが贅沢な暮らしを送っていることから明らかだろう.はたして,金正日は一般市民の辛苦に対して心を痛めるのだろうか.
奇妙なことに,経済制裁を主張する人たちは,同時に「金正日は一般市民を苦しめている悪魔の独裁者だ」とさかんに言っている.もしそうであれば,一般市民がいくら苦しもうが,金正日にとってはどうでもよいことで,それは現在の政策を変更するような誘因とは決してならない.「一般市民が苦しめば金正日は政策を変えるはずだ」という主張は,「金正日は一般市民のことを考えない独裁者だ」という主張と両立しない.
もし,金正日体制を変えたいのであれば,一般市民を北朝鮮政府に頼らずに生活できるようにしてあげることであって,親戚への送金を止めたり,生活物資を送ることを禁止すれば,ますます金正日体制に頼らざるを得なくなるだけだ.
生きていくために最低限のものすら入手できない状況では,どうやってそれらを手に入れるかを考えるだけで精一杯で,とても政治のことなどに頭をまわしている余裕はない.どのような形で援助すれば一般市民の苦しみをやわらげることができ,よりましな方向に体制が変わっていくのか,わたしにはよくわからない.けれども,経済制裁が反対の効果しか持たないことだけは確かだ.