Social Security Isn’t Broken (Dollars and Sense)

社会保障は壊れていない
それにもかかわらず,なぜグリーンスパンは直そうとするのか?


2004年11/12月号
Doug Orr


連邦準備制度理事会議長のアラン・グリーンスパンは今年はじめ,社会保障が危機に瀕していることは誰でも知っている,と議会で述べた.これは「地球が平らであることは誰でも知っている」と言うようなものである.

誤った前提から出発すれば,かならず誤った結論に到達する.社会保障危機など存在しないというのが本当のところである.しかし,退職者所得保障には潜在的危機があり,また将来の米国金融市場には危機があるかもしれない.グリーンスパンが心配しているのは,実はこのうちの後者である.

社会保障はこれまでに創設されたなかではもっともうまく機能している保険プログラムである.それは,経済学者が「寿命リスク」と呼ぶものに対して数百万の労働者に所得を保証する.「寿命リスク」とは,長生き「し過ぎ」て,その長生きに見合っただけ働けないか,あるいはそれに見合った十分な貯蓄ができない可能性のことである.今日では,65歳以上のおよそ10パーセントが貧困であり,もし社会保障がなければ,この率はほぼ50パーセントにも達していたであろう.

社会保障はもともと,私的年金を補うものとして構想され,私的年金をまねしてつくられたものである.1930年代,すべての私的年金は確定給付プランであった.退職給付は現役時代の賃金と就業年数にもとづいて計算されていた.たいていのプランにおいては,35年間就業すると,生涯にわたって現役時代の最後の年の所得の少なくとも半分を給付として受け取ることができた.

私的年金が最終的にはほとんどの労働者をカバーすると議会は予想していた.しかし,1960年代に40パーセントのピークをむかえた後,企業は年金システムを計画的に解体させてきた.今日では,民間企業労働者のわずかに16パーセントだけが確定給付年金によってカバーされている.退職者のほぼ3分の2の人たちにとっては,社会保障私的年金を補うというよりは,退職後の主要な所得源となっていた.こうした状況をふまえ,議会は1972年に給付水準を上げざるを得なくなった.

民間企業の確定給付年金に何が起こっていたのか?これらは401kや403bのような確定拠出年金にとって代わられつつあった.これらのプランは退職後の所得をある程度提供するものではあるが,寿命リスクからの真の保護を提供するものではない.いったんこのプランにおける貯蓄が激減すると,年金は消えてしまう.

気前のよい確定拠出プランにおいては,労働者の所得のうち3パーセントまでの労働者拠出分にあわせて企業が拠出することもある.この場合,企業と労働者を合わせた総拠出は労働者の所得の6パーセント,平均賃金上昇率が年2パーセントで,投資ポートフォリオからの平均収益率が5パーセントであるとすると,たとえ退職後の支出が現役時代最後の年の半分だったとしても,35年の勤務の後の給付はわずか8.5年で使い果たしてしまう.もし,退職後の支出が現役時代の3分の1だとすれば,14年でなくなってしまう.

現在,65歳の時点での平均余命は女性で約20年,男性で15年である.したがって,確定拠出プランは寿命リスクから高齢者をまもることにはならないだろう.確定給付年金から確定拠出年金への転換こそが,退職者所得における真の潜在的危機の元である.それにもかかわらず,グリーンスパンは議会における証言でこの点には触れなかった.


危機は存在しない


反対者は創設された1935年以来,社会保障を憎悪してきた.最初の社会保障危機の予測は1936年に出版されていた!ヘリテージ財団と Cato 研究所は,今日の多くの社会保障反対派の拠点となっており,かれらは「人口統計学的緊急事態(demographic imperative)」の概念に固執している.1960年,米国では5.1人の労働者で1人の退職者をささえていたが,1998年には3.4人の労働者で,そして2030年までにはわずか2.1人の労働者で支えなければならなくなるだろう.こうした人口統計学的変化にともない,労働者の収入では最終的には社会保障による退職者への給付を支払えなくなってしまうだろうと反対者たちは主張している.

この理屈はわかりやすく,単純である.しかし,2つの理由で誤っている.第一に,この「老年従属」比率は,この問題とは関係がない.どのような金融的計算をしたところで,次の事実を変えることはできない.すべての現在の消費は現在の物的産出からまかなわれる.すべての従属人口(非労働者)の消費は,現在の労働者によって生産された産出からまかなわれなければならない.ベビーブーム世代の退職者に対して社会がどれだけ「提供」できるかを決定するのは,全体としての従属比率である.全体としての従属比率とは,非労働者全員(高齢者,若年層,障害者,および働くことを選択しない者)に対する労働者の数である.1960年代には,従属人口1人に対して労働者は1.05人であった.そして,われわれは新しい学校を作り,州をむすぶ高速道路を作り,人類を月に送れるようになった.人口統計学的危機を嘆く者も,子どもたちにまわす資源をカットする方法を探す者はいなかった.実際,ほとんどの家庭において生活水準は急速に上昇した.2030年には,従属人口1人あたり労働者は1.27人となり,昔よりも従属人口1人あたりの労働者は増加しているだろう.1960年代に総産出のより大きな割合が子どもたちに向けられたと同じように,より大きな割合が高齢者に向けられることは確かであるが,同時に社会はすべての労働者と従属人口を維持--それもより高い生活水準で--できるだけの産出を生み出すことは容易であろう.

第二に,「人口統計学的緊急事態」は生産性の上昇を無視している.過去半世紀の平均労働生産性はインフレ調整後で毎年2パーセントの上昇を続けてきた.これが意味することは,36年後には労働者1人あたりの実質産出が2倍になる(1.02の35乗は2.00--訳注)ということである.この生産性上昇は今後も続くと予想されており,したがって2040年までには労働者1人当たりの生産は現在の2倍になる.1週間で3人の労働者がそれぞれ1000ドルを生産し,そして1人の退職者に対して500ドル(在職時最終年の給与の半分)が配分されるとしよう.そうすると,各労働者は833ドル分を手にすることができる.2040年には,1週間あたりそれぞれ2000ドルを2人の労働者で生産することができる(インフレ調整後)もし,退職者1人に1000ドル分が割り振られるとすれば,労働者は1人当たり1500ドルを手にすることができる.2人の労働者と退職者の所得は上昇している.だから,ベビーブーム世代への給付は子どもたちの生活水準を低下させる必要はない.

それにもかかわらず,なぜ社会保障危機について語られるのか?社会保障はつねに pay-as-you-go システムであった.すなわち,現在の給付は現在の税収からまかなわれる.しかし,1980年代においては,グリーンスパンが委員長をつとめる委員会は,ベビーブーム世代が退職する時の税収を補う手段としての基金を拡大するために賃金税(payroll tax,社会保障税)を上げるように勧告した.議会はこの勧告に応じて,1984年に賃金税を大幅に上げた.その結果,資産として国債保有している社会保障信託基金は,それ以来毎年のように大きくなっていった(すなわち純粋な pay-as-you-go システムではなくなっていった--訳注).ベビーブーム世代が退職するにつれて,これらの資産は退職給付支払いを補うために売られることになるだろう.

毎年,社会保障基金の理事は,次の75年間にわたる状態についての予測を行わなければならない.1996年,彼らは2030年には基金が底をついてしまうであろうという予測をたてた.2000年には2036年と予測され,現在では2042年と予測されている.なぜ予測が変わり続けるのかといえば,理事たちは将来の経済状況について非現実的な仮定をおき続けているからだ.現在の予測における仮定は,次の75年間にわたるGDP成長率が年率1.8パーセントというものだ.たとえ大恐慌の時代を含めたとしても,20年間にわたって,米国経済がこれほど低い成長率であったことはない.毎年,経済は1.8パーセント以上で成長しているので,基金がゼロとなってしまう年がさらに後にずれていくことになる.しかし,理事たちは,大恐慌のようなことが起これば基金がゼロになってしまうと言い続けている.

社会保障の反対者たちは,システムが「破産」してしまうかもしれないと今度は言い出している.「破産」とは存在しなくなってしまうことを意味している.しかし,もし基金がゼロとなったとしても,社会保障が停止し,給付が止まるわけではない.それは単に,1984年以前の純粋な pay-as-you-go システムに戻るだけの話である.その時点での給付は,その時点での税収からまかなわれ続けるであろう.たとえ,理事たちの最悪の仮定が実際に起こったとしても,労働者から支払われる雇用保険料は2030年になってやっと2パーセント上昇するだけであって,今すぐに上昇するわけではない.

もし,2.4パーセント--これは1980年代の停滞期よりもさらに悪い--で成長すれば,基金は決してゼロにはならない.実質産出と実質所得の増加は,約束された給付を支払うのに十分である.2042年までに,われわれは基金の黒字を減らすために,賃金税を下げるか,あるいは給付を増加させるかの必要が生まれるだろう.


真の不安:債券の過剰供給


では,なぜグリーンスパンは給付の削減が必要になるだろうと主張したのか?これを理解するためには,債券市場と金融市場がどのように相互に影響しあっているのかについてみておく必要がある.利子率の上昇はすでに市場にある金融資産の価格を低下させ,低下した資産価格は利子率を上昇させる.

たとえば1980年代,レーガン大統領は減税によって過去最大の財政赤字をつくりだした.そして,連邦政府は膨大になった政府債務の支払いのために大量の債券を売った.債券に買い手がつくように,財務省は債券の利回り(利子率)を非常に高くせざるをえなかった.1980年代,インフレ調整後の実質利子率は過去の平均の約4倍であった.高い利子率は,家計の住宅購入や企業の投資をよりコストのかかるものとすることで,経済成長を鈍らせた.大恐慌時代を別とすれば,1980年代のGDP成長率は歴史上最悪であった.

しかし,高い利子率は金融資産価格をもまた下落させる.利子率の5パーセントの上昇は,10年満期の債券(貸出)の販売価格を50パーセントも下落させる.この1980年代の記録的な高利子率こそが,貯蓄貸付組合の危機と産業の崩壊をもたらしたのだ.

グリーンスパンは,ブッシュ大統領の減税によって歴史が繰り返されるのではないかと心配している.議会における証言の中で,彼は利子率が大幅に上昇してしまう可能性に対する憂慮を表明した.これは債券の過剰供給に対する彼なりの警告である.2020年から毎年22年間にわたって(2002年価格で)およそ1500億ドル分が社会保障基金から売りに出されなければならなくなるだろう.同時に,私的年金基金は年金給付支払いのために,毎年1000億ドル分の金融資産を売ることになるだろう.中央政府と地方政府は,公務員年金の支払いのために毎年750億ドル分を売らねばならず,投資信託保有資産は401(k)プランの退職者年金の支払いにともない毎年500億ドルづつ売りに出される.さらに,民間企業は事業拡張のために1年でおよそ1000億ドルの新たな債券を発行する必要があるだろう.これらを合わせれば,毎年4750億ドルの金融資産が売りに出されることになる.

この売りに出される債券の総額は,1980年代のレーガン減税に続く時代の記録の2倍にもなる.当時は,新たに発行された債券は,私的年金基金や保険会社などの「機関投資家」によって買われていた.2020年以後は,この機関投資家は純粋な売り手(買う量よりも売る量の方が多い主体--訳注)になるだろう.金融市場はこれだけの量の資産を吸収するために緊迫したものとなろう.これらに加えて,新たなブッシュ減税が恒久的なものとなった場合に発生する財政赤字をカバーするために必要となる1年あたり4000億ドルもの債券を市場が吸収できるとは思えない.

1994年の論文において,現在のブッシュ大統領の年金・社会保障改革のアドバイザーであるSylvester Schiber は,この資産価格の下落可能性について予測していた.2020年から,401(k)プランによって保有されている資産価値は--すでに適切とはいえない水準であるが--さらに下落するだろう.さらに重要なことは--すくなくともグリーンスパンにとっては--企業が確定給付年金の支払いのために保有している資産価格も下落するだろう.こうして,企業は利潤を減らして現在の収入から年金給付を支払わなければならなくなるだろう.これは今度は株式価格を下落させることにつながる.

この金融資産市場におけるありうる崩壊こそが,グリーンスパンがもっとも心配していることである.長期利子率の上昇を抑えるために,金融資産の売り出しをある程度減らさなければならない.グリーンスパンは「上昇を抑えるための手段が全くないというわけではない」と言った.しかし,ブッシュ減税を廃止するよりは,社会保障基金による債券売り出しを減らすことをグリーンスパンは希望している.そのためにはさらなる給付の削減と賃金税の上昇が必要なのだ.

問題を不正確にたてることは,解答を見つけることを不可能にする.問題は社会保障にあるのではなく,すべての経済問題の解決における金融市場への盲目的な依存である.もし金融市場がわれわれを失望させるのであれば,解答はどうなるのか?解答は,いったん正確に問題が立てられれば,単純なものである.退職したベビーブーム世代が消費しようとする産出はどこからくるのか?

ブッシュ大統領が引き継いだ連邦財政黒字はすべて,1984年の賃金税増加の結果として発生した社会保障黒字から生まれたものである.ブッシュは労働者の退職給付に当てようと予定されていた収入を,上位10パーセントの富裕層に減税として渡してしまった.

ブッシュ減税は廃止し,社会保障の黒字はベビーブーム世代の退職の備えにするべきである.公共投資あるいは税制優遇措置は年老いたベビーブーム世代がやがて必要になるであろう病院の建設,在宅看護あるいはホスピスの建設を促進するかたちで使うことができる.このような公共投資や民間のインフラストラクチャーへの投資は,実質経済を刺激し,GDP成長を加速させるであろう.黒字は医師や看護士あるいはこうした施設における他のスタッフ,より一般的に高い技術を持った労働者の訓練のためにも使うことができる.熟練労働のより高い賃金は,将来の給付をまかなうために必要となる賃金税を増やすことにつながる.ベビーブーム世代が働いている時点での賃金税の支払いによって,こうしたインフラストラクチャーの整備が促進されるのであれば,いざ彼らが退職した時に退職世代に割り振られるべき産出はより少なくて済むことになる.こうした支出は生産性を上昇させ,それは退職者に提供される年金の供給源である金融業の支払い余力にも良い方向に働く.

社会保障を「救う」ために破壊することは,解決策ではない.


Doug Orr は Eastern Washington University の経済学教授.私的年金社会保障問題に関するレギュラースピーカーであり,国内雑誌や国際雑誌にこの問題についての論文を発表している.