2005総選挙

財政再建ユーフォリア」とでも呼べばいいのだろうか.
はてなブックマーク」を見ても,郵政民営化とその否決による解散に多くの関心が寄せられていることがわかる.もっとも,これはブログ界だけの話かもしれないけれど.
増税や公共サービスの低下に耐えないと財政再建はできない」なんてコメントを読むと,「そこまでして達成しなければならない「財政再建」って,あなたにとってなんですか?」と聞きたくもなる.
だいたい,何がどうなったら再建できずに「破綻した」と言うのか,さっぱりわからない.まさか,政府の徴税機能がストップするとでも言うのだろうか.もっとも,そうなったらなったで「純粋な資本主義」が実現するわけで,それはそれでめでたいかもしれないけれど.
この「財政再建ユーフォリア」を目の前にして思うことは,政府の「財政破綻」キャンペーンは成功しつつあるな,ということ.その意味では経済学でいうところの「非ケインズ効果」は確かに存在するかもしれない.
よく考えてみれば,政府が「赤字がこんなにあって大変です」と言うのは,「自分たちはこんなに失敗しました」と言うようなもので,大声であちこちで言ってまわるようなものではなく,むしろ隠しておきたい事柄ではないだろうか.それではなぜ「赤字で大変だ」と大声で言うかといえば,それは政府にとって都合がよいからだ.「大変だ,大変だ」といえば,「そうか,それじゃあ増税したり,公共事業や公務員を減らした方がいいかな」という意見が大きくなるのも当然だろう.
政府が大声で言ってまわっただけではなく,政府を批判する側も「こんなに赤字がたまったのは政府の失敗だ」と,同じ数字を使っていたりした.
奇妙な光景ではある.
たとえば,「北朝鮮が攻めて来る」というフレーズを使って対北朝鮮政策を考えている人たちを批判する時に,同じフレーズを使うことはありえない.しかし,財政再建については,「700兆円もあって大変だ」という同じフレーズを使って政府を批判しているのだから.
「破綻する,破綻する」(「外国が攻めて来る」でもいい)と聞かされていると「オオカミ少年」を思い出すが,「オオカミ少年」の話と現実との違いは,「オオカミが来た」とどれだけ聞かされようとも必ず,毎回みんな家から飛び出すところだろうか.
「毎回飛び出していれば,結局オオカミが出てきた時に少年が助かるのだから,いいじゃないか」だって?「結局」っていつのことだろう?この世の終わり?


「非ケインズ効果」:「ケインズ効果」が減税や公共事業などによる積極的財政政策が景気を拡大させるのに効果があると考えるのに対して,政府債務が存在する状況では,逆に財政引締めによる債務削減が民間セクターの将来の増税等に対する不安を払拭し,見通しをはっきりさせることによって景気の拡大をもたらすとする考え方.たとえば富田俊基「国債累増のつけを誰が払うのか」(isbn:4492620516)などを参照.