はてなブックマーク > あざけり先生・・・
今日は別の話を.
喫煙と肺がん,あるいはより広く健康や平均寿命との関係について医学者は何をやっているのかという点について誤解があるようなので,それについて書いておきたい.
肺がんを発生させる要因は無数にあるので,それらをすべて調べるわけにはいかない.したがって,その中からいくつかを取り出して調べることになる.どの要因を取り出すかを,教科書は教えてくれない.調べることが難しいものは除外され,さらに「多数派」を批判するような要因を調べる場合に必要なのは科学ではなく,「根性」や「良心」である.こうしたさまざまな要因によって選ばれたいくつかの要因と肺がんとの関係を調べたものがマスメディア等では大きく報道される.
たとえば労働時間や遺伝,あるいは経済状態等の要因について,おそらくは調べられてはいるのだろうが,大きく取り上げられることはない(あったら教えてください).
これは,たとえて言うならばイラクに駐留している米兵が殺される要因として,「ひとりで歩く」,「人ごみに出かけていく」,「武器を携帯せずに歩く」等の中で,どれが一番大きいかを調べているようなものである.そして,殺された状況を統計的に調べた結果,「ひとりで歩くのが一番危険だから,一人歩きはやめろ」と.
一番大きな要因は明らかにイラクに駐留していることである.イラクから撤退すればイラクで殺される確率はゼロだ.これを除外した上でいくつかの要因を調べたところで,あまり意味はないし,一人歩きをやめたところで,殺される確率はほとんど下がらないだろう.
これはたしかに極端な例なので,もう少し正確に説明すれば以下の通りである.
肺がんになる確率を とし,肺がんを発生させる 個の要因を とし,肺がんになる確率は
として表すことができるとしよう.医学者がやっていることは,このうちの個を取り出して,が統計的にどうなっているかを調べているだけである.わかることは,の符号,および効果の大きさ(偏微係数)だけである.
喫煙をとすれば,最悪の場合
だと誤解し,そうでなくとも,
と誤解するか,あるいは
---------(1)
と誤解しているのである.
わたし自身はであることは認める.しかし,(1)が成立しているとは認めない.というよりも,そのような主張をしている人はいないのだが,誤解している人は多く,それが現状の喫煙バッシングにつながっている.実際には,
----------(2)
であろう.そうでなければ国別の喫煙率と平均寿命(肺がんの死亡率は高い)の間に関係がないことの説明がつかない.
喫煙と肺がん(健康)の関係をひたすら強調することは,肺がんの要因としてより影響のあるを覆い隠す役割を果たしている.
さらに,それぞれの要因は独立しているわけではなく,たとえば喫煙は社会的に特定の階層に偏っていることがわかっている(「21世紀の・・・」11章,isbn:4890414932).つまり,
-----------(3)
という関係が成立しているのだ.それにもかかわらず喫煙を独立した変数としてとりあつかうことは,要因を覆い隠すことになるだけではなく,喫煙者に対する人格的な攻撃につながる.
(2)を(1)と取り違え,さらに(3)を無視して,ひたすら喫煙率の低下それ自体を目的とした政府の政策や風潮は健康に寄与しないばかりか,自由をも奪うことになる.